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大阪高等裁判所 平成10年(行コ)64号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人に対して、平成六年一〇月二六日付けでした療養補償給付及び休業補償給付の不支給処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文と同旨

(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」という。また、略称については原判決のそれによる。)

第二事案の概要

一  本件は、ダンプトラックを運転中に脳出血を発症した原告が、右の疾病(本件疾病)が業務に起因するものであるとして、被告に対し、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく療養補償等の給付請求をしたところ、平成六年一〇月二六日付けで業務に起因することが明らかな疾病に当たらないとして保険給付を支給しない旨の処分を受けたため、その処分の取消しを求めた事案である。

原審は、右の被告の判断を支持して、原告の請求を棄却した。

争いのない事実は、原判決「事実及び理由」第二の二に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、五頁五行目の「一月一〇日」を「一月二〇日」と、「一四四」を「一四七」とそれぞれ改める。)。

二  本件の争点は、本件疾病が、ダンプトラックの運転手という原告の業務に起因するものといえるかという点に尽きるところ、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

【原告の主張】

1 争点に関する原告の主張は、次項に付加するほか、原判決「事実及び理由」第三の一に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、八頁一〇行目の「鋸」を「虚血」と、一三頁六行目の「CT所見から」を「CT所見に認められるからといって、」と、二三頁四行目の「割込者」を「割込車」と、それぞれ改める。)が、その要旨は、次のとおりである。

(一) 業務起因性とは、業務と疾病の発症との間に合理的関連性があることをいい、当該業務に従事したために基礎疾患を悪化させて発症に至ったことが推定されれば業務起因性を認めることができる。

(二) 原告の本件疾病は高血圧性脳出血であるが、原告の罹患していた高血圧症は、日常生活に通常伴うストレスによって脳出血を発症させるほど重症ではなく、<1>原告がダンプトラックの運転という過重な業務に永年従事してきたこと、<2>平成五年六月七日以降、作業現場の変更によって業務がさらに過重となったこと、<3>本件疾病の発症直前、ダンプトラックの運転中、割り込んできた乗用車と衝突しそうになり、これを避けようとした結果、縁石に接触するなどの事故(以下「本件交通事故」という。)に遭遇したことなどの要因が重なったため、その自然経過の増悪を超えて本件疾病を発症させるに至ったものであるから、業務起因性を有することは明らかである。

2 原告の当審補充主張

(一) 原告の高血圧症の程度について

本件疾病発症前における原告の高血圧症の程度は、いかなる基準によっても軽症であり、少なくとも、原告が、自然的経過で脳出血を発症する程度の重度の高血圧症にあったことはない。

平成元年から四年にかけての原告の症状は、拡張期血圧では平成三年度の測定値のみ重症度3(東大3内科高血圧症重症度分類〔一九八四〕)に該当するが、その他の年は重症度1ないし2であり、収縮期血圧では平成三年度の測定値のみ重症度2に該当するが、その他の年は重症度1であった。また、自覚症状はなく(重症度0)、陳旧性脳梗塞の痕跡についても、重症度2と考えるべきである。

したがって、原告の高血圧症が第三期にあったとは到底いえない(なお、第三期に該当する理由として、本件疾病を発症したことを挙げることは、右の発症が高血圧症の自然的経過によるものか他の要因によるものかという問いに対し、問いをもって答えるに等しいというべきである。)。

(二) 原告の業務の過重性の判断基準について

(1)  原告の業務の過重性については、原審で主張したとおりであって、過積載、休憩時間がないこと、臨時業務に就労していたことにより、原告の業務は過重であった。

(2)  原告が労災保険法における特別加入労働者であっても、業務の過重性の判断に当たっては、労働基準法上の労働者と区別する理由はなく、労働基準法を目安として判断すべきである。

また、右の判断に当たっては、自動車運転手の改善基準(平成三年一〇月三〇日付労働省告示第七九号)に準拠すべきであるが、原告は、一回の休憩で一〇分以上の休憩を取ることができなかったことを付加して主張する。

(3)  過積載と業務の過重性について

ダンプトラックの運転は、一般の乗用車の運転とは次の点で異なる。すなわち、車両の構造が、建築現場で小回りが利くよう、高い重心と短い車体となるよう設計されており、その結果、車両の安定性や運転者の居住性は二の次にされている。このため、ダンプ運転は、不安定で振動も多く、転倒の恐怖がつきまとい、そのストレスの多大さは軽視できず、通常の運転とは質的に違う大きな精神的疲労が伴う。

そして、過積載は、その過重性をさらに増幅させるものであるが、本件発症時も原告のダンプトラックは積載許容量の一・七倍の過積載であった。

(三) 本件交通事故と脳出血発症との因果関係(脳出血の発症時期)について

視床出血において、発症時期と麻痺症状の出現時期が時間的に隔離していなければならないという見解は一般的でなく、これを理由に、本件交通事故と脳出血発症との因果関係を否定することはできない。

また、原告において割り込んできた乗用車の見落としがあったからといって、本件交通事故当時視野欠損が存したとは限らず、その後に作成されたカルテにも、視野欠損が生じていたことを窺わせる記載はない。

被告の主張する経過によると、本件交通事故の前に既に脳出血があったということになるが、運動機能には全く障害が現れず(むしろ、衝突回避措置をとることができた。)、単に視野欠損のみが生じ、そこから一キロメートルを走行したに過ぎない地点で、突如麻痺が出現したということになり、極めて不自然である。

【被告の主張】

1 争点に関する被告の主張は、次項に付加するほか、原判決「事実及び理由」第三の二に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、四二頁四行日から五行目の「生じた」の次に「と」を加える。)が、その要旨は、次のとおりである。

(一) 労働者の疾病が労災保険法による保険給付の対象となるには「業務上」の事由によることを要するところ、右「業務上」の事由によるというためには、当該疾病が業務に内在し通常随伴する危険の現実化として発生したという関係が必要である。

(二) 本件のような脳出血の場合においては、<1>業務に関連する異常な出来事への遭遇、又は、<2>特に過重な業務への従事という、業務による明らかな過重負荷が加わることが必要である。

(三) 原告の業務が、本件疾病発症前、日常業務と比較して特に過重な業務であったとは認められず、原告の日常業務自体が本件疾病の発症原因となるかも明らかではない。むしろ、原告の高血圧症は第三期にあり、本件疾病は、高血圧症の自然経過の中で起こるべくして起きたものである。

(四) また、原告が主張するような交通事故(本件交通事故)があったと認めるに足る証拠はなく、仮に右交通事故があったとしても、右事故後に現れた左手の運動麻痺の症状の出現時間から考えて、右交通事故によって脳出血が発症したとは考えられない。むしろ、脳出血に基づく視野欠損が生じたため、乗用車の発見が遅れた結果、右交通事故に至ったと考えられる。

2 被告の当審補充主張

(一) 原告の高血圧症の程度について

高血圧性脳出血の基礎となる脳の細動脈病変の発生機序にかんがみると、原告の本件疾病の発症前の血圧に関して重要なことは、高血圧状態が長期にわたり持続していたかどうかということであって、原告の高血圧症が重度でなければ、脳出血発症の原因とならないというものではない。

外的な原因がなく自発的に発症する原発性脳出血の原因となる血管病変の中で、圧倒的に頻度が高いのは、高血圧による細動脈変化(高血圧が持続することによって、内径五〇ないし二〇〇ミクロンの細動脈に血管壊死や類繊維素変性等と呼ばれる変化が生じ、血管壁の正常の強度が失われて微少動脈瘤が形成される。)である。

原告については、平成元年一月二〇日の大東保健所における検診時に高血圧が認められ、平成二年一月一九日の検診時にも高血圧が認められるとともに、尿蛋白が動揺性に認められたことや、左心室の肥大が見られたことから、本件疾病発症前に長期にわたる高血圧歴があったと推認される。

血圧と脳出血発症率の関連性に関する疫学的調査で、血圧レベルが高くなるほど脳出血発症率は上昇するが、収縮期血圧は一二〇~一三九のさらに低いレベルから有意の危険因子となり、拡張期血圧は八〇~八九のレベルから有意な危険因子となり、血圧値は、通常高血圧治療が行われない低いレベルから有意な危険因子となるとの報告がなされている。

(二) 原告の業務の過重性について

原告の業務の過重性の判断に当たり、自動車運転手の改善基準に準拠すべきであるとしても、原告の業務は、右基準を逸脱するものではなかった。原告が主張するダンプの運転に伴うストレスの原因である転倒の危険などは、ダンプの安全運転上の一般的注意により対処できる問題に過ぎない。

(三) 本件疾病(脳出血)の発症時期について

視床出血では運動障害より感覚障害が先行して出現しやすく、異常感覚がみられることが多いから、仮に原告の主張する本件交通事故が存したとしても、それは感覚障害である視野欠損によるものであり、事故以前に脳出血が発症していたことになる。

なお、野崎病院でのカルテに「視野欠損は対座法では認められない。」との記載があるが、原告は、事故後ガソリンスタンドまで走行し、救急車を呼んでもらった後は覚えておらず、意識を取り戻したのは二週間後であると述べているのであるから、意識障害のため、視野欠損の検査を行うことができなかったと考えるのが合理的である。

また、視床出血の場合には、半盲が初期に明瞭であり、早期に消えるとされているのであるから、後になって視野欠損がなかったからといって、本件交通事故の時点において、視野欠損がなかったとはいえない。

第三当裁判所の判断

一  業務上外の認定基準、原告の経歴と就労状況等、本件疾病発症当日の状況については、次に付加訂正するほか、原審が原判決「事実及び理由」第四の一、二、三(四三頁八行目から五七頁一行目まで)において認定判断するところと同じであるから、これを引用する。

1  四四頁七、八行目の「そして」から四五頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「そして、労災補償制度が、業務に内在または通常随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、労働者が基礎疾患を有しており、これが一因となって疾病が発症した場合であっても、業務に関連する過重負荷が加わることによって基礎疾患が自然的経過を超えて急激に悪化した結果、右の疾病が発症したと認められるときは、業務に内在または通常随伴する危険が現実化したというべきであり、業務と疾病との相当因果関係を肯定することができる(最高裁平成六年(行ツ)第二〇〇号同九年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一八三号二九三頁参照)。」

2  五五頁一行目の「その頃には」から同頁五行目末尾までを次のとおり改める。

「その頃には、原告は、自力で降車することもできなくなっており、ガソリンスタンド従業員に介助されて降車し、救急車で野崎病院に搬送され、同病院では右視床に出血が認められたことから右脳出血と診断され、入院治療を受けることになった(原告は、救急車で搬送された後の記憶を失っているが、大東市消防署長の回答書〔乙一七の2〕によると、意識は清明であったとの記載もあり、記憶障害が存したことは窺えるが、意識を喪失したか否かは明らかとはいえない。なお、労働事務官作成の聴取書〔乙二五〕に「意識を取り戻したのは二週間後の病室でした。」との記載があるが、野崎病院での入院期間が二週間であることや、「5.6.23 呂律難+レベルI群」 「5.6.28 コミュニケーションOK」など同病院での原告の症状を記載したカルテの内容に照らすと、右聴取書の記載は誤りと考えられる。)。」

3  五五頁一〇行目の「約三分の一」の次に「であり、甲九によると右距離が九キロメートル」を加える。

二  高血圧性脳出血発症の機序、症状経過等

証拠(甲一四、一八ないし二二、三一、三二、三六、三七、四二、乙三二の1、三五、三六、三八、四六ないし五〇、原審証人澤田)によれば、高血圧性脳出血発症の機序、症状経過等に関しては、次のとおりの医学的知見が認められる。

1  血圧の正常値は、一般に、収縮期圧が一五〇ミリ水銀柱以下でかつ拡張期圧が九〇ミリ水銀柱以下と考えられており、収縮期圧が一六〇ミリ以上または拡張期圧が九五ミリ水銀柱以上を示す場合は確定的な高血圧とされ、血圧値がその中間にある場合も境界型の高血圧とされている。

右のような高血圧が安静時にも持続する場合を高血圧症といい、その中でも、血圧上昇を伴う身体的疾患がないなど高血圧の原因が特定されない場合を本態性高血圧症という。その成因は解明されていないものの、先天的に高血圧症をきたす素因があり、これに後天的な因子が加わって発症するというのが定説であり、後天的な素因としては第一に塩分摂取、これに次いで精神的及び身体的ストレスが影響を及ぼすものとされている。

なお、これに関して、運転業務に従事する労働者の血圧値が、自動車運転中は一時的に上昇するという研究結果はいくつか報告されているものの、業種、業態、労働時間帯の相異などがあり、運転業務のいかなる要因が血圧上昇の原因となっているかは特定し難いのが現状である。

2  高血圧症の一般的経過は、その素因の強度によって発症時期が異なるが、三〇ないし四〇歳代から動揺性に高血圧値を示すようになり、その後次第に高血圧値が固定するようになる。血圧値が高血圧状態に固定すると、心臓に対する圧負荷が増大して心肥大を起こすとともに、太い動脈には動脈硬化性変化を、細い動脈には高血圧性変化を起こすようになり、各種の臓器障害(高血圧性心肥大等の心疾患、高血圧性腎機能障害、脳出血、脳梗塞等の脳血管障害)を伴うようになる。

3  高血圧性脳出血とは、高血圧に基づく脳の血管病変が破綻して脳実質内に出血することであり、その発生機序は次のとおりである。

すなわち、正常な脳血管は血圧値が五〇〇ミリ水銀柱にまで上昇しても破綻することはないのであるが、高血圧が長期間持続すると、脳内の細動脈の血管壊死(血漿性動脈壊死)を引き起こし、その部分は血管内圧によって限局的に拡張され、小さな瘤(微少動脈瘤)を形成するようになる。動脈瘤の血管壁は正常な弾力強度を失い、生理的な血圧変動の範囲内での内圧変動によっても破裂しやすい状態となり、その結果、何らかの理由による血圧上昇によって血管壁にかかる張力が増大しその血管壁の許容力を超えると破綻して出血に至ることになる。微少動脈瘤は多発することが多く、そのうちの単一の破綻は小出血巣を作るに過ぎないが、出血は周囲の脳動脈に攣縮を誘発し、連続して動脈瘤が破綻することによって大出血巣を形成するに至る。

4  脳出血の症状は一般に、数分から数時間をかけて進行する急速進行型(これに対し、症状が数分以内に完成するのが脳梗塞のような突発完成型であり、数時間ないし数日を経て完成するのが脳血栓症のような段階状進行型である。)に属し、その経過は出血部位によっても左右されるが、視床出血では、発症直後は明らかな症状はなく、時間の経過とともに運動麻痺が現われることが多い。また、視床出血ではしばしば初期に半盲等の視野欠損が発生するが、一過性のものであるため患者の自覚がない場合がある。

三  原告の高血圧症の程度

1  原告がかねて高血圧症に罹患していたこと及び本件疾病が高血圧性脳出血(右脳視床出血)であることは当事者間に争いがないが、その程度が争点となっている。

2  一般に、高血圧症の重症度を判定するための指標として、次の分類が用いられている(甲三一)。

(一) WHO/ISH病期分類(一九九三年)

第一期 臓器障害の他覚的徴候が明らかではない時期

第二期 左室肥大、蛋白尿あるいは血漿クレアチニン値の軽度上昇等の臓器障害の徴候のうち、少なくとも一つが認められる時期

第三期 臓器障害の結果として、狭心症、心不全、脳卒中、腎不全等の症状と徴候がともに現れる時期

(三) 東大3内科重症度分類(一九八四年)

別紙記載のとおり、血圧そのものの程度と脳、心臓等の臓器に関する所見とをそれぞれ 五段階に分類する。

3  争いのない事実と証拠(甲三四、乙六、二〇の2、三二の1、三九ないし四四、原審証人澤田、同佐藤、当審証人山口)によれば、

(一) 平成元年から四年にかけて原告が受診した健康診断の結果によれば、血圧測定値は、一四七/九九、一五一/九六、一六二/一一〇、一四〇/九〇と推移しており、尿蛋白は、平成元年と三年がマイナス、平成四年がプラス、平成二年がプラスマイナスであったこと、

(二) 原告は、平成五年六月二三日午後三時三〇分過ぎ頃に本件疾病を発症した後、午後四時二四分に救急車で野崎病院に搬入されたが、その当時の血圧は一九五/一一五であり、意識はI群(清明)であったが、左半身麻痺と呂律難が認められ、頭部CT撮影で右視床出血が認められたため、そのまま入院したこと、

(三) 同年七月六日から大阪府立成人病センターで実施されたCT検査では、脳室内穿破を伴う右視床出血のほかに左大の半球に陳旧性の脳梗塞の所見が認められ、同月八日に同センターで実施された脳血管撮影の結果によると、脳出血の原因となるようなモヤモヤ病、脳動脈奇形、動脈瘤、血管腫等は認められないが、脳血管は全般的に蛇行、血管径不整著名で、動脈硬化性変化を強く示唆するとされていること、

(四) 同年六月二三日と七月一二日に野崎病院等で撮影された胸部CT写真によると、原告の心臓には左心室肥大が認められたこと、

以上の事実が認められ、右の事実によれば、原告はかなり以前から本態性高血圧症に罹患していたものであって、その程度は、本件疾病発症時において、右2(一)の分類にいう第三期に該当するものと認めるのが相当である。

この点については、原審証人澤田医師の見解と原審証人佐藤医師及び当審証人山口医師の見解が対立するところであるが、右の各所見に前記認定の高血圧性脳出血発症の機序及び現実に今回本件疾病が発症していることを併せ考えると、右の発症時には既に脳内の細動脈に病変(血管壊死と微少動脈瘤の形成)を来していたと考えざるを得ず、そうすると、第二期を経過して第三期に入っていたというべきである。

しかし、前記の四年間にわたる健康診断の結果をみても、血圧測定については、拡張期血圧は九九、九六、一一〇、九〇とかなり高いが、収縮期は一四七、一五一、一六二、一四〇と、一六〇を超えたのは一度だけであり、いずれの年度においても高血圧症の指摘を受けた形跡はないし、尿蛋白は平成四年度のみがプラスであったというのであり、また、左心室肥大の程度も心胸郭比(CTR)約五〇パーセントで軽度の肥大であった(当審証人山口)から、右の第三期というのも、さほど重篤な状態であったとは認められず、その初期段階(東大3内科分類でいえば総合的に見て2度程度)にあったと見るのが相当である。

4  そうすると、原告の右高血圧症が本件疾病の基礎疾患としてその発症の一因子となったことは容易に推認できるが、右の基礎疾患のみでその自然の経過により血管の破綻をもたらし、本件疾病を発症させ得たかどうかは疑問というべきである。

四  原告の業務と本件疾病との相当因果関係

1  原告の日常業務の過重性について

当裁判所も、永年にわたるダンプトラックの運転という日常業務及び運搬経路の変更に伴う負担の増加をもって業務に関連する過重負荷に該当するとの原告の主張は理由がなく採用できないと判断するが、その理由は、原判決「事実及び理由」第四の五1、2(六四頁八行目から七一頁八行目まで)に説示するところと同じであるから、これを引用する。

当審における原告の主張立証を考慮しても、右の判断を左右するには至らない。

2  本件交通事故と本件疾病との因果関係について

(一) 前記引用に係る原判決「事実及び理由」第四の三記載のとおり、本件疾病発症当日、原告が、突然と感じられる乗用車の割込みに遭遇し、追突を回避しようとして縁石との接触事故(本件交通事故)を起こしたという事実が認められるところ、一般的にいえば、このような事態はダンプトラックの運転という業務に関連する異常な出来事への遭遇であり、このような場合、運転者は強い恐怖、驚がく等の精神的ショックを受け、極度の緊張から一時的に血圧が上昇することが認められる(甲一八、二二、二五、二六)。原告は、ダンプトラックの運転歴二十数年にも及ぶ熟練運転手であったから、その程度は幾分緩和されることはあろうが、なお、右の一般論は妥当すると思われる。

(二) 原告は、右の異常事態が本件疾病発症の直接の原因であると主張し、被告は、本件疾病の発症が先でこれが右の異常事態(本件事故)の原因であると主張する。これが当審の主たる争点であり、原告の主張に沿うものとして、原審証人佐藤医師及び当審証人山口医師の各証言及び意見書(甲一八、三四)があり、被告の主張を支持するものとして、原審証人澤田医師の証言と意見書(乙三二の1)が存在する。

(1)  まず、前記引用に係る原判決「事実及び理由」第四の三で認定したところによれば、本件交通事故の態様とその後の原告の状況は次のとおりである。

原告が阪奈道路を西進して生駒インターチェンジ付近(片側二車線の直線路でやや下り)に差しかかり、登りに備えて加速したところ、同インターチェンジの進入路終点付近で、乗用車が原告車の直前に進入してきた。原告は、これを突然の割込みと感じて急ブレーキをかけたが十分に減速できず、咄嗟に左にハンドルを切ったところ、原告車の前輪が縁石と接触した。原告は、その衝撃で腹部をハンドルで打ち、頭部を座席にぶつけたが、停止することなく運転を継続した。しばらく走行したところでギアを入れ替えようとした際、左手左足に力が入りにくくなっていることに気付き、更にしばらく走行すると、左手が殆ど動かなくなったが、辛うじて事故現場から約三キロメートルの所にある生駒山上のガソリンスタンドまで辿り着いた。その頃には自力で降車することはできなかった。

右の経過からすると、原告が本件交通事故に遭遇してから、左手足の異常という運動障害の症状の出現を自覚するまでに要した時間はせいぜい一、二分程度であったと考えられる(時速六〇キロメートルとすると、一分間に一キロメートルを走るから、約三分でガソリンスタンドに着くことになる。)。

(2)  右の経過を踏まえて、澤田証人は、「前記二4記載の脳出血の症状出現形式の特徴に照らすと、本件交通事故によって脳出血が発症したとすると、各症状の出現経過が余りにも早すぎて不自然であり、むしろ、脳出血によってもたらされた感覚異常や視野欠損(半盲)によって運転を誤り、本件交通事故を惹起したと考えた方が合理的である。」とするが、以下に説示するところに照らして、この見解はたやすく採用できない。

ア たしかに、文献(乙三五、三六等)によると、脳出血の症状は数分から数時間かけて完成する急速進行型に属するとされているが、右の数分というのは、発症から完成までの時間をいうものであって、発症(出血)から初期症状が発現するまでに数分を要するという意味ではないと解されるし、右の初期症状発現までの所要時間について触れた文献は見当たらない。

イ そして、「視床出血の場合では、発症直後は無症状で、時間の経過とともに運動麻痺等が出現してくることが多い。」との澤田証人の見解が正しいとしても、その時間経過がどの程度のものをいうのか明らかでなく、これに触れた文献も見当たらない。同証人自身、「原告の発症は本件交通事故の数十秒から一分くらい前だと思う。」と述べている(原審証言)ところからすると、右の時間経過はごく短時間を想定しているものと思われる。

ウ また、澤田証人は、「道路縁石に接触した後、そのまま走行しようとして運転操作をしようとしたときには左上下肢の脱力が出現している。この間の時間経過はおそらく数秒から数十秒の短時間であったと推定される。」(乙三二の1の意見書一六頁)として、これを前提に考えているが、右は「接触後しばらくは異常を感じることなく走行した。」との原告の供述を見落としたもので、前記(1)の認定に反する。

エ 山口証人は、「原告の本件疾病は視床出血ではあるが、右視床全体を巻き込むような出血であり、短時間に運動麻痺が起こったと考えられる。」と証言しているところ、前記(1)の本件疾病の発症状況に照らしても、左手足の運動麻痺を自覚して後の経過は、ガソリンスタンドまで辿り着いた後、自力で降車することもできなくなっていたというもので、症状が短時間で悪化していることが認められ、右の証言と符合している。

オ 澤田証人は、本件疾病発症後の大阪府立成人病センターの診察で左外転麻痺が認められており、このことは出血部位である右視床から血腫が下方に進展していた可能性が高く、その場合、右視床下部外側にある右外側膝状体が圧迫され、原告に左側の視野欠損が生じていた可能性が強いと指摘する。

しかし、右の可能性があるとしても、原告は、本件交通事故の後も約三キロメートルの距離を無事に走行していること、原告が視野欠損を自覚していない上、原告が最初に搬送された野崎病院のカルテにおいて、原告の視野が左右ともに「full」と記載されていること(乙三九)に照らすと、本件において原告に視野欠損が生じていたと認めるには至らないというべきである。

(3)  以上に説示したところによると、前記佐藤証人及び山口証人の各証言と意見書(甲一八、三四)を採用して、本件疾病の発症時期は本件交通事故の直後であったと認めるのが相当であり、これに前記三で認定した原告の高血圧症の程度や、本件疾病発症直前、本件交通事故以外に原告の血圧の急激な上昇を招来するに足る要因が見当たらないことをも併せ考えると、原告は、右交通事故という業務に関連する異常な出来事(過重負荷)に遭遇したため、基礎疾患である高血圧症が自然的経過を超えて急激に悪化し、本件疾病が発症したものと認めることができ、したがって、原告の業務と本件疾病との間に相当因果関係を肯定することができる。

五  結論

以上によると、原告の本訴請求は理由があり、これを棄却した原判決は失当である。よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条、六一条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 山田陽三 裁判官 小原卓雄は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 鳥越健治)

資料<省略>

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